
2020年7月7日にnoteに投稿された「【1時間で分かる】P&G流マーケティングの教科書」と題された記事が66万View、1.7万スキ(2021年5月時点)を獲得しました。
今回Qiita Jobsでは、このnote記事を執筆したMarketing Demo株式会社の石井賢介氏をお呼びして、2021年6月23日に「P&G流のマーケティングを学んで採用を成功させよう」というタイトルでセミナーを実施しました。
「採用という特異性はあるものの、基本的には採用課題も、マーケティングの考え方でクリアできます。」
石井氏からは、前職であるP&Gでのご経験をもとに、マーケティングの思考方法を活用した採用成功ノウハウが体系的に説明され、求職者心理の理解や、自社採用を成功へと導くためのポイントについて解説がなされました。
本記事では、こちらのセミナー内容についてレポートします。エンジニア採用に悩まれている採用担当者は、ぜひご覧ください。
登壇者プロフィール

石井 賢介(いしい けんすけ)
Marketing Demo株式会社
代表取締役
東京大学農学部卒業後、住友商事に入社。その後、P&Gジャパンに転職。マーケティング本部にて、ファブリーズ、ジョイといったホームケアのブランドマネジメントを担当。シンガポールのアジア本社への転勤も伴い、上流となる中長期的ブランド戦略作りから、短期的なプランニングと実行、P/Lの管理まで含めた包括的なブランドマネジメントを経験。ファブリーズのブランドマネージャー時代には、ブランド始まってからのレコードとなる売り上げを達成。2020年に独立し、Marketing Demo株式会社を創業。
マーケティングとは、「顧客心理」というものを扱うときの武器である
石井:「マーケティングとは、顧客のJobを発見し、解決に至るプロセス全てのことである。」これは、私は自分のnoteからの引用です。
これを採用に拡張するとどうなるのか。顧客を「就職希望者」に置き換えてみましょう。
すると、「採用マーケティングとは、就職希望者のJobを発見し、解決に至るプロセス全てのことである。」ということになります。
--まずは「採用マーケティングの定義」ということですね。Jobとは何のことでしょうか?
石井:Jobとは、すごく簡単に申し上げると「課題」や「ペイン」のことだと捉えてください。
そもそもマーケティングとは、「顧客心理」というものを扱うときの武器だと捉えることができます。マーケティングとはプロセスそのもの、つまりは株式会社の存続理由全てだと思っています。ですので、これ全てを一つのシートに落とそうとすると、こちらのような形になります。これは私たちが日々、お客様に提出しているフレームワークをまとめたキャンバスシートです。

石井:これを全てカバーするのは相応の時間が必要なので、今回はその中でも本当に重要な以下の2点に絞ってお伝えします。こちらは、先程のキャンバスシートのWHATとWHOに対応しています。

本質的便益(WHAT)とは何か
石井:ここで質問です。皆様が日々飲まれているコーヒー。それ自体はほとんど変わらないのに、スターバックスがあれほど人気なのは何故なのでしょうか?
人がわざわざスターバックスで購入しているのは、本当に商品としてのコーヒーなのでしょうか?例えば集中して仕事ができる時間かもしれませんし、もしかしたらSNSに投稿した時の「いいね!」欲しさかもしれません。
なので、商品はコーヒーかもしれませんが、わざわざ買ったのには別の理由があると考えるのが自然でしょう。でないと、どこのコーヒーでもいいわけです。スターバックス自身、CEOの方が「スターバックスはサードプレイスを売っている」と公言しています。
このような、お客様が商品を通じて買っているものを、僕らは「便益」と呼んでいます。伝統的なマーケティングの考え方です。

石井:じゃあ便益がどういう構造になっているかというと、私はこちらのように、ピラミッド構造になっていると考えています。例えば先程のコーヒーで考えた場合、商品特徴は「目が覚める」とか「覚醒する」などが考えられます。すると、機能的便益は「眠気が飛ぶ」が考えられます。さらにその先の感情や社会的便益をSo whatで考えてみると、「集中して仕事ができるので、会社での評価が上がる」などといったことが考えられます。上に行くほどに高次なものになり、下はその根拠、という基本構造になっています。
99.9%の企業は、 便益ではなく、機能や成分の説明に終始しているケースが殆どです。どちらが良いという話ではありませんが、マーケティングの世界では便益を売る方がよりセクシーであるという通説があります。
よって、自社製品の本質的便益が どこにあるのかを見極めることが大事だと言えます。

石井:そして、感情的・本質的な便益が差別化されていればいるほど、ブランドは強く盤石になる。逆に、機能は簡単に模倣される上に、差別化が困難になります。
この良い例がiPhoneです。iPhoneって、機能を買っているわけではないです。例えば同時期に発売開始されたGalaxy Note9とiPhone XS Maxを見比べてみると、基本的にiPhoneの方が全体的に少しずつ機能は劣ります。でも、iPhoneの方が売れています。iPhoneは、世界観や人々の自尊心を売っているのです。

石井:ちなみに、ルイ・ヴィトンって、何を売っていると思いますか?
--気品高い自分を演出するためですか?石井:なるほど。先程のピラミッド構造を見てみましょう。
当然カバンを売っているわけですが、こう見ていくと、感情的・社会的便益によって本質的な差別化がなされているんだろうなということが容易に想像できます。

石井:もう一つ、国は戦闘機を通じて何を買っているのでしょうか?
こちらも同じ要領で考えることができます。商品としては機能的便益を掲げているとは思うのですが、感情的・社会的便益を考えると、もしかしたら国民の安心や内閣の支持率、国防に当たる人員の削減、平和に向けた機運などが挙げられるかもしれません。

石井:このような、本質的便益が顧客に伝わる形に姿を変えたものが、コンセプトやキーコピーへと発展します。こちらは本日は時間がないので割愛します。
ちなみに競合を考えるときに、「商品軸」と「本質的便益軸」、いずれで考えるかによってその中身が大きく変わります。例えばハーゲンダッツのアイスを考えた場合、商品軸だとスーパーカップやMOWなどのラクトアイスが競合になるでしょうが、本質的便益軸だと、「夜 × 女性 × ご褒美」という観点でザ・プレミアム・モルツやReFaのローラーなどが考えられるでしょう。
では、これを採用の文脈で考えるとどうでしょうか。
例えば飲料メーカーであるコカ・コーラは、サントリーやキリンと競合しているのでしょうか?もしくは「外資で実力を試したい」という軸で考えると、むしろ全く業界の違う金融やコンサルティングと競合しているのでしょうか?
自社の競合を見誤ると、伝える内容を見誤ってしまう可能性があります。商品としての競合と、採用上の便益としての競合は、往々にして異なるかもしれないということは、注意した方が良いでしょう。
Must haveトランジション(WHO)とは何か
石井:ここまでは「何(WHAT)を売るか」という話をしました。ここからは、「誰(WHO)に売るか」について見ていきます。
よく2軸4象限のポジショニングマップを作って商品のポジションを考えることが大事と言われますが、正直、あまり意味はないと思っています。何故ならば、ただのセグメントやポジショニングは、顧客のJobと結びついていないことが多いからです。なので、今日はマクロ的な考えは捨てるようにしましょう。Facebookだって、元々はハーバード大学の出会いアプリだったわけです。

石井:ここで大事なことは、顧客がどういうプロセスを経て商品を購入しているのかという話です。
消費者がまだ認識していないJobやインサイト(上図左側)があって、それに対する本質的な便益、つまりは商品が何かしらのきっかけで知覚された結果、「これはなきゃダメだわ」という心理になって、最終的に購入を意思決定をします。僕らはこれを「Must haveの心理」と呼んでいます。
なので、まだ気付いていないものを気づかせ、Nice to haveからMust haveへのトランジションを起こすことが、マーケティングの全てと言っても良いでしょう。
--インサイトとは何でしょうか?
石井:インサイトとは、顧客自身でも指摘されないと気づかない真実や課題のことです。例えばファブリーズのケースですと、家の中に洗えないものがたくさんあって、その匂いで苦しんでいるというのは、実は言われないと気づかないものです。これがまさにインサイトです。
--ニーズとは違うのでしょうか?
石井:ニーズは顕在化している課題のことで、インサイトは顕在化していない課題のことを示します。
このインサイトに気付いてもらうためには、その人の課題に対する感度が上がっている必要があります。僕たちはこれを「レセプティビティ(感受性)が高い状態」と呼んでいます。レセプティビティが高い状態でないと、人は情報を正しく受け取れません。情報を正しく受け取れないので、便益も受け取ってもらえないことになります。
具体例を、食器用洗剤のジョイ(JOY)で考えてみましょう。
- Joyは、しつこい油汚れを落とすだけでなく、まな板の 除菌まですることが出来る唯一の洗剤です。
- まな板の黒ずみは菌が繁殖している証拠。そこで切った野菜や果物にも菌が移ってしまいます。 Joyは、しつこい油汚れを落とすだけでなく、まな板の除菌まですることが出来る唯一の洗剤です。
石井:この2つを見比べたときに、多くの人は2番をより魅力的だと感じると思います。これは、「自分の家族が食べているものが菌まみれ」 という隠れた真実、すなわちインサイトが認知されたことで、 同じ機能的便益であっても、よりグサッとささるようになったわけです。

石井:つまり、マーケティングのステップとしては大きく2つ。まずは消費者が気付いていないインサイトに気づかせてあげて、その後に、自社が提供する商品の便益を伝えてあげることです。つまり、我々が提供するMust haveトランジションモデルは、「課題認識からMust haveの心理変化まで」をますマーケティングによらず設計するフレームになっております。
古くからのマーケティングでは、商品の認知から始まるよねとあるのですが、その前にまずは課題の認知があるよね、ということです。
マーケティングの考え方を採用に当てはめてみる
石井:最後に、採用の特異性についてです。
実は、採用における便益のピラミッド構造は、より具体的にWHOーWHATーHOWに分解できます。

石井:どんな人と働けてどんな人になれるかという領域に強みを持てばもつほど、差別化が効いて、他社が容易に真似することができなくなります。逆にHOWの部分は、例えば人事制度を変えればすぐに達成できるので、ほとんどの企業が模倣可能です。
なので、採用を考える場合、まずは自社がWHOーWHATーHOWのどこに強みを持っているかを考えると良いでしょうし、そこがないのであれば、ちゃんと作ることが大事です。WHOーWHATーHOWののどこかに「自社でしかかなえられないこと」という差別化要因がないと、制約条件の良し悪しの勝負になり、コモディティになってしまいます。

石井:ここに、給料やポジションなどといった諸制約条件が加味されて、就職希望者の「就職意向」が決定されることになります。
とは言え、「ここでしか出来ない」が強く存在することで、諸制約条件が劣っていたとしても、モチベーションの高い人を採用することができると言えます。
なので私からの提案として、まずは明日からの第一ステップとして、自社の採用活動における本質的便益がWHOーWHATーHOWのどこにあるのかを、明確にして見てはいかがでしょうか。
なお、最後に一点だけ。本来であれば、この本質的便益を「施策」に落とし込まなければなりません。 採用であれば、告知・インターン・採用面接などがそれにあたると思います。ただし、ここは会社によってまちまちでしょうから、時間の都合で本セミナーでは割愛します。
まずは自社の本質的便益をしっかりと見極めよ
今回は「P&G流のマーケティングを学んで採用を成功させよう」というテーマで、求職者心理の理解や、自社採用を成功へと導くためのポイントが解説されました。最終チャプターでお伝えした通り、採用という特異性があるものの、基本的な構造はマーケティングも採用マーケティングも同じであることがお分かりになったと思います。何よりも、まずは自社の本質的便益をしっかりと見極めるようにしましょう。
Qiita Jobsでは、今回のような採用担当者に役立つオンラインセミナーを定期開催しております。興味のあるものがあればぜひご参加ください。
取材/文:長岡 武司